「たまには帰ってき」
何度も聞き流してきた電話越しの声。
何故かするりと耳に届いたのは6月も半ばを過ぎてからのこと。
紫刻館の嫌な思い出を直視する勇気はまだ無かったけれど、
ぬいの目を見て何か言葉を紡ぐことは出来そうな気がして。
「…帰ったで。」
新幹線からJRに乗り換えた途端、耳に入るのはやはり神戸の言葉。
そう、どうしても。
人間、耳から聞こえる音しか出せなくなるというのは本当だ。
学園ではあれほど
ぬいの声が聞こえるからと嫌った神戸弁がするりと口をついて出てくる。
そういうものなのだろうと納得もするし、
同時にあまり嫌悪を感じなくなった自分が偉いとも思う。
よしなしと考えているうち、母が最後に見たのと同じ笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、坤。元気そうでよかったわあ」
「ただいま。心配せんでええよ、ちゃんと食べとるし。」
首を浅く傾けて頷く、この仕草が好きだ。
占い師として多少名の知れた母は、きっとこんな仕草でお客の話を聞いているのだろう。
「せやったらええのよ、あんたは昔からちゃあんと何でも出来る子やったもんね」
「ん…。それより、ぬいは」
「ああ!お父さん今日早く帰ってきはるから、お外でご飯食べよな」
……?
自分の声に覆いかぶさるような母の発言に首を捻る。
父が早く帰ってくることがそんなに大事だったろうか。
それとも。
「分かった。ほなあそこ寄ろ、紅曼。パフェ食べたい」
「ああええねえ、お父さんに電話しとくわ。」
「うん…」
…何か
妙だな…
二泊三日程度の荷物を抱え、とんとんと階段を上る。
自分の部屋が物置になったとは聞かないからまだ家具もそのままだろう。
母に特別何か声をかけることなく、馴染んだそのドアを開けた。
「……。」
ひゅるり、と風が吹く。
何も無い。
小学生の頃から使っていた
ぬいとお揃いの
ベッドも
机も
箪笥も
何も無かった。
「…何で?」
そんな問いが口をついて出るのに時間は要らず。
とすりと足元へ荷物を落とし、きっと答えてくれるであろう母に向かって声を荒げた。
「お母さん、何で捨てたん!?」
母は待っていたかのように階段のふもとで私の顔色を伺っていた。
「黙っとってごめんなあ…ぬいが…」
「…ぬいが?」
それきり黙られてしまっては責めることも出来ない。
結局のところ、自分で確かめるしか無いのだ。
「分かった、聞いてくるわ」
「ちょっと!」
母の制止も聞かず、もう一度階段を
今度はゆっくり踏みしめて。
目も合わせられずに別れたあの時とは違う。
違うのだから。
1991年9月27日生 16歳
ゾンビハンター×月のエアライダー
高校1年9組
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earthbound
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