或る雨の日 *入学前の話2/2*

ぬい。

そんな目で見ないで。
私を見ないで。

 

でも。

雨がゆっくりと頬を伝う。

心ある者が見れば、それは涙に見えなくも無かっただろう。

（細切れにされた肉片、朽ちかけた衣服。

肘から先の無い腕を左足で踏みつけながら、
坤は自分と同じ顔をした少女を見詰めていた。）

 

ぬい。

どうしてそんな顔をしている？
お前を守っただけなのに。

 

「お姉ちゃん…なんで笑ろてんの」

 

………。

なんで？

 

だって。

楽しかったからに、決まっている

 

口元に手をやった。
唇の端が上がっている。

本当に、笑っている。
可笑しくて楽しい。

ゴーストとやらが本当に居たこと
それを倒せた…いや、嬲れたこと
切り裂いた時の心地よい肉の感触

それから
ぬいを守れたこと

頭がごちゃごちゃとしている。
何が本当かなど、もうどうでもよかった。

 

でも。
そんな目で見ないで、ぬい。

 

＿＿＿＿ぱたっ　　　　　　　　　ぱたぱたっ

 

雨だ…。

 

一滴、二滴

血塗れの顔に浴びる雨粒が、冷静さの呼び水となって。

 

 

…駄目だ。
ぬいを守らんといかんのに。

 

まだ上がっている息を無理矢理整え、濡れ始めた袖で顔の雨雫を拭う。
雨より前に、返り血でじっとりと湿ったそれは
死肉と血の匂いを鼻に伝えただけだった。

 

ぬいは、
まだそんな目で見ている。

怖かったね。
ごめんね。

こんなことからは、私が遠ざけてあげる。
だから。

 

 

………。

踏みつけていた腕をぬいの方へ蹴り飛ばす。
さあ、嘘はつかずにいこう。

 

「ぬい。

分かったか。私はこういう人間や。
こんな恐ろしいもんを嬲って。切り裂いて。返り血を浴びて笑っとるような。」

 

本当だよ、ぬい
楽しくて仕方なかったんだ

 

「今までもこれからも。ぬいが知っとる私はどこにも居らん。戻っても来うへん。」

 

これも本当。
だからさよならしよう、ぬい
大好きだからさよならだ

 

「だから諦めて」

 

「諦めて」

 

 

「そうや、諦め！！！！　二度とその顔見せんといて…


あたしと同じその顔を！！！」

 

ばいばい、ぬい
ひどいことをいってごめんね

でも、全部本当のことやからね