4/9 ぐるり、と

前から考えてたことなのだから、と
誰に聞かれてるわけでもないのに呟いた。


学園に来てから何度目かの、小さい覚悟を決めて扉を開ける。
その先には＿＿＿

この間の戦果はまずまずだった
プールで倒れる回数も減ってるし
依頼でもそこそこ頑張れてる



でも




このままじゃこれ以上強くなれない




そんな気がしていた








自分の身体能力が偏っているのは十二分に知っているし
ゾンビハンターとしてはそれでいいとも承知していた


それに




ぬいが笑ってくれるまで
ゾンビハンターをやめるわけにいかないから







結論として、バイトジョブを変えること以外に思いつかなくて。


そうと決まれば、と学園のとある場所へ足が勝手に向かう。
それは…





「…うわ、理科室……」




思わず呟いたのも無理は無いと思う。

部屋一面見渡す限りの、標本、標本、標本。




来訪者のサンプルとして残された身体の一部、全身剥製…
ここで肝試しをしたらまず間違いなく本物が出る。


詠唱銀を持ってこなくて良かったと思いつつ、
管理人と思しき教師に声をかけた。





「…あの　土蜘蛛のサンプル、貰いたいんですが」



「ジョブ変えるの？いいよ、好きなの持っていきな」



「…。どうも」



驚くほどあっさりと承諾され、
クラスと名前を所定の紙に書かされるだけで


それ


を手に入れることが出来た。



棚から好きなのを選んでいいと言われたが、どれを選んでも同じだろうと思う。
とりあえず手近にあった血液のサンプルを一つ手に取る。



「血腥いのがヤだったら裏に回ってみな、別のもあるよ」


くくくっと白衣の教師が哂う。


「すみません、そういうの興味無いんで」



何人もの生徒に使った定型句のような冗談だろう…。
さっさと帰るに限る。





＝＝



「………で、飲むんだよな」


談話室を通らずに自室へ戻り、何度も施錠を確かめた。
いつものように誰か居る気配はあったけれど、こんなものを持ってあいつらと喋る気になれない。



ベッドにすとんと腰を下ろし、月の光にサンプルの小瓶を翳してみる。




赤いなあ…。




いつかルーフィスが使っていた紅蓮撃の炎を思い出す。
あの力を手に入れるために。






でも





強くなってどうする？





強くなれなかったらどうする？





力と向き合えない弱い心はどうする？





結局何も変わらないんじゃないか？







何も
何も変わらない？






…嫌だ




それは嫌だ。





弱い自分を誤魔化すために力を手に入れることの何が悪い。

強くなりたいと、弱い者が願って何が悪い。





私は悪くない…私は…







涙が浮かばないうちに小瓶の蓋を開けて
一息に中身を飲み干した。




「……！！！」



鉄の味に喉が焼けるようで
吐き出しそうになるのをぐっと堪える。

駄目だ





…駄目？



力を手に入れることそのものが？



それとも力と向き合うことが？





…否


これ以上
弱い自分であることが嫌だ…





喉を必死に閉じて、吐き気が治まるのをただ待った。
それは永遠のように長く感じられる時間で。


身体の中で感じる異常な感覚も手伝って
暫くの間ベッドから起き上がることが出来ずに


ようやく普通に呼吸が出来るようになったのは
月が中天にかかる頃だった




体を動かすにはまだ何もかもが足りないはずなのに




誰かに

今すぐ誰かに

無性に会いたくなって





握り締めていたのはイグニッションカード